小倉ひとつ。
「立花さんは何になさいます? もうお決まりですか?」


カウンター前に一列に並ぼうと後ろに下がりかけたところで、横並びのまま、瀧川さんがこちらを振り向いた。


「はい。小倉にします」


実はもう家を出る時点で決めてあった。今日は無性に小倉のたい焼きが食べたい気分なんだ。


瀧川さんも決めてあったらしい。


小倉ですね、と頷いて、すぐにカウンターに向き直る。


「小倉をふたつお願いします。お座敷はあいていますか?」


「え、あの……!」


思わず横から声を上げた。


待ってほしい。これだと瀧川さんにお支払いいただくことになってしまう……!


そんなわけにはいかない。ちゃんと自分のぶんはお支払いします、いえお支払いさせてください……!!

というかそのつもりだから、小倉をお願いしますじゃなくて、小倉にしますって言ったのに……!


慌てて呼びかけた私に、多分意図して横並びのときに希望を聞いたんだろう瀧川さんが、いたずらっぽい顔をした。


「立花さん」

「っ」


軽やかで静かな声に、名前呼びに、何も言えなくなる。


私がお財布を出そうと鞄に触れていたのさえ、それだけでとめられる。
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