小倉ひとつ。
稲中さんの奥さんはいつも、制服もハンカチも綺麗にアイロンをかけたものを使っている。


穏やかで美しい所作。きちんと整えられた身だしなみ。優しい微笑み。

奥さんは、ただ立っているだけで、お人柄のよさがうかがえる方だった。


いつもこういうふとしたことから、素敵だなあ、こうなりたいなあって憧れと尊敬を抱く。


大人になればなるほど、年齢を重ねれば重ねるほど、容姿や立ち姿にその人のそれまでの生き方が映されるんだなあと、奥さんを見る度思う。


奥さんの上品で凛とした、清潔で穏やかな佇まいは、その表情ひとつから、ほのかににじんでいる。


寒さで丸まっていた背筋が、自然と伸びた。


「こんにちは」

「こんにちは、稲中さん」


瀧川さんに追従して挨拶をすると、こんにちは、瀧川くん、かおりちゃん、ともう一度挨拶をしてもらえた。


奥さんは大抵、会話を相手の言葉で終わらせない。


自分の返事や言葉が会話の切れ目になるように、それでいてうるさくないように、さりげなく細やかに相槌を打つ。そういうところも素敵。


柔和な微笑みにふたりで返礼しながら、注文するべくカウンターに近づいた。
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