小倉ひとつ。
仕方ないですよ、と言うと、瀧川さんに、あなたも女性ですが、みたいな顔をされた。


ふふ、と思わず笑みがこぼれる。


「私は女ですが、その前に稲やの店員ですよ。そして瀧川さんは大事なお客さまです」


……大丈夫ですよ、瀧川さん。


私はあなたに告白するほどあなたを知らない。


だって、勤め先と、名字と、小倉が好きってことしか知らないから。


小倉が好きな常連さんに恋をするのは、一目惚れ反対派な私からすると少し難しい。


私と瀧川さんの関係は、稲やがなければ成り立たない。

たい焼きがなければ、私たちには何も接点がない。


私はただの店員で、瀧川さんは大事なお客さま。


その関係を忘れたことはない。


それほど大袈裟ではないけれど、線引きをするようにしている。


仕事とプライベートでは気の張りようが違う。立ち位置を崩す気はない。


まずもって、最初から、私はアプローチしないと決めている。


だから、何も問題ない。


瀧川さんが不利になることは、絶対しない。


私のせいで常連さんが一人いなくなってしまうなんて、それはちょっと、あまりにも寂しすぎる。


だから。
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