小倉ひとつ。
「……お怪我ですか?」


その反面、私の親指の絆創膏に、気づいたらしい。


「いえ、怪我というほどではないんですが……! ええと、……ささくれがひどくて」


無理に聞き出すような言い方ではなかったけれど、こういう言ってしまえることは、言ってしまった方が気を遣わせない。なるべく軽く舌を動かした。


稲やさんでは、茶器を片付けたりお花のお世話をしたり、水回りのお仕事が多い。


洗い物は専ら私のお仕事で、水だとつらいときはお湯でもいいと言われるくらいには、優しいお仕事。


たい焼きのことを考えると、いくら手袋をしたりトングを使ったりするとはいえ、ハンドクリームはなかなか塗りづらい。

万が一商品を駄目にしたら大ごとだもの。


ベタつくと困るので、ハンドクリームはまとまった休憩時間にしか塗らない。


手を洗ったり水回りのお仕事をしたりしたら、水気をよく拭いてからさらさらの化粧水をさっとつけて、アルコール消毒をすることにしている。


さらさらのハンドクリームよりはさらさらの化粧水の方がベタつかない。


アルコール消毒をするときにベタつくと困るので、稲中さんの息子さんのお嫁さんに教えてもらった。


お泊まり用の小さいプラスチック製ボトルに化粧水を詰めて、制服のポケットに忍ばせている。


本当は、ちゃんとハンドクリームでふたをしないとどんどん水分が抜けるのは分かってるんだ。


分かってるんだけれど、できないものはできないのである。
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