小倉ひとつ。
手が荒れるのは、この寒い中、掃除のために外に長時間出ているのもあるかもしれない。


親指だけじゃなくて、私の手はところどころささくれている。親指はいよいよ血がにじんだので慌てて絆創膏を貼った。


利き手は右手だから、基本的な動作は右手でできる。


絆創膏を貼っている手で接客されたくない方もいらっしゃるだろうから、こまめにアルコール消毒しながら右手でなんとかするつもりだった。


左手でよかったと思ったんだけれど、やっぱり目立つらしい。


「ハンドクリームは塗ってるんですが! な、なかなか治らなくてですね……!」


免罪符みたいに早口の言い訳をする。


……馬鹿なことを言った。こぼれた言い訳は、どう考えても、明らかな言い訳だ。


黙る私に、瀧川さんがゆっくり口を開いた。


「立花さん、お手を拝借してもよろしいですか」

「だ、駄目です」


切れ長の目が拗ねたようにすがめられた。


「私が駄目だと申し上げたときは、聞き入れてくださらなかったのに」


うぐ。それを言われると弱い。


「……すみません、やっぱり駄目じゃありません」


思いきり目をそらしつつ訂正。前言撤回。


逃げ腰な言い訳がまたこぼれる。


「でも本当にがさがさなんです。私は痛くはないんですが、ざらざらなので触ったら瀧川さんが痛いかもしれなくて、」


遮るように手を取られた。押しいただくみたいな、恭しくて清廉な仕草だった。
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