小倉ひとつ。
「はい」


訂正するなら今しかない。

瀧川さんは社交辞令かもしれないけれど、たとえそうだとしても、少なくとも私は社交辞令じゃないことを示した方がいい。


「明日は稲やさんにいらっしゃいますか」

「ええ、そのつもりでしたが」

「よかった。それじゃあ、その」


ええと、どうしよう。

呼んだはいいものの、今さら社交辞令じゃないんですって言うのはあまりに間が抜けている。ええと。


「今度……いえ」


思わず遠回しに言いそうになって、言葉を選び直す。


今度って言ったら、それもやっぱり社交辞令みたいになってしまう。今度じゃなくて。


「明日、明日もしご都合がよろしければ、お昼をご一緒したいんですが、ご都合いかがでしょうか」


必死に見つめた先で、瀧川さんは目を見開いている。


沈黙が耳に痛い。


「……やっぱり、急には難しいでしょうか……」


期限が近すぎただろうか。明日じゃなくて、明後日とか今週中とか言えばよかったかな。


込み上げる後悔に自然と下がる視線。


すみません、と言おうとした無声音の始まりを、瀧川さんの柔らかな声が押しとどめた。


「……いいえ」


いいえ。


「お誘いありがとうございます。是非明日ご一緒したいです」

「はい……!」


今日……はもう夜遅いから、明日朝一番にお昼は十三時からってお願いしよう。


休憩時間は基本的に融通が利くので、直前にお願いしても大抵は好きなときにずらせるけれど、朝一番に申告しておくと確実。


それから、と瀧川さんがつけ足した。
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