小倉ひとつ。
『ご卒業おめでとうございます』

「ありがとうございます」


なるほど、分かった。あれだ、お祝いだからお電話なんだな。お祝いごとは対面したときに言うか、お電話かが多いものね。


特に稲中さんご家族がそうだから、私と同じく折に触れてお祝いしていただいたこともあっただろう瀧川さんは、文面より、お電話や対面でのお祝いに慣れているんだと思う。


『卒業式のとき、春の訪れを感じられるこのよき日って挨拶はありました?』


お誕生日の話をしたときに、そんなことを言った覚えがある。


緊張もどこへやら、思わず破顔した。


「ええ、ありました」

『やっぱり定番なんですね』


穏やかに相槌を打った瀧川さんは、もう一度、ご卒業おめでとうございます、と前置いて。


『いよいよ社会人ですね。稲やさんでの社会人初勤務はいつからですか?』

「今週はお休みをいただきましたので、来週の月曜日からです。よろしくお願いします」

『月曜日にお会いしに伺いますね。こちらこそ、これからもよろしくお願いします』

「ありがとうございます、お会いできるのを楽しみにしております」


お会いしに伺います、なんて手慣れた社交辞令をくださるあなたに、社会人になったら、贅沢は言わない。言えない。

ちゃんと区切りをつける。


最近はもっと砕けているけれど、口調はあくまで稲やさん仕様にした。


そろそろ期限が近づいている。


これから少しずつ変えていこう。


あなたの日常に携われたのなら、それだけでいいって思えるように。これから、少しずつ。
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