旦那様と契約結婚!?~イケメン御曹司に拾われました~
この曲は……この前楽譜にあった、バッハのゴルトベルク変奏曲だ。
当然だけれど、私のつたない演奏とはまったく違う。
美しい音色の中と、切なさを感じるメロディーに心が掴まれ惹かれていく。
絶妙なタイミングで一音一音を奏でる繊細な指先。切なさと柔らかさを重ねたその音色は、彼の心を表している気がした。
こんなにも優しい弾き方が出来るほど、本当はピアノが好きなんだ。
だからこそ彼はきっと、触れられたくなかった。
それは、華やかな日々を思い出すあのピアノと、揺らぐ心、どちらにも。
『それが、立花社長にとってのピアノなんだと思います』
どんな気持ちだっただろう。
好きなものを失うこと。これまで築いてきたものを、失うこと。
悔やんだだろう、責めただろう、その末に彼は、あの部屋に全てを閉じ込めたのかもしれない。
ぎゅっとしめつけられる胸をおさえるように、拳に力を込める。
その瞬間、不意に音色は止められて、玲央さんは鍵盤からそっと手を離した。
「覗き見とは、いい趣味してるな」
「えっ!」
ば、バレてた!
ギクッと心臓が跳ねると、玲央さんは私がいることに気づいていたようでジロリとこちらに顔を向ける。