長い夜には手をとって


 つれてきてくれた彼女が言う右側には、2つほどスペースがある。どっちなのよ、もう。部屋の端のスペースから立ち上がって返事をくれた男性は、ああ、と言いながら笑顔で反対側の角を指差した。

「水谷のは、あそこですよー」

「あ、ありがとうございます」

 この人は愛想は悪くないらしい。私はお返しにとにっこり微笑んでみせて、奥の仕切りへと歩いていく。ヒョイと覗いたら、買って来たらしいコーヒーのカップ、それから空になったマグカップが汚れたままでいくつか、資料か何かが大量に、それも微妙なバランスで積み上げられている机。壁やパーテーションにとめられたピンナップ、大小様々なカメラケース、それに本が処狭しと置かれている。

 ・・・あらあら、自分の部屋とは違って、ここは雑然としてるじゃないの?ちょっと笑ってしまった。なんというか、人間味を感じたのだ。こんな面もあるんだ、と判って。

 それにしても伊織君てコーヒー好きだよね。私はそう思って、放置されたカップ類をじっと見てしまった。家でも台所では主にコーヒーを飲んでるみたいだし。社会人には多いけれど、彼もちょっと飲みすぎなレベルかもしれない。

 壁側には年季の入ったソファーが置いてあって、クッションと毛布がいくつか。スタジオで寝るというのは、多分ここでの話なのだろう。

 さて、本人不在のスペースを観察するのは終わりにして、おつかいを果たさなくちゃね。私は鞄から持ってきたファイルを出して机の真ん中にそっと置く。そしてついでにと、さっきコンビニで買ってきた板チョコをファイルの上に乗っけておいた。休憩時間に食べてね、の意味を込めて。


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