長い夜には手をとって


 その時、後から肩を叩かれた。

「ナギ!」

 ―――――――う。

 ・・・この、カタカナに変換されるような独特の呼び方は・・・。私はピタッと止まって、それでも振り向かずにちょっと顔を顰める。全身が一気に緊張したのが判った。

 そうか、あなたも来てたのね。そしてこの人ごみの中でも見付かってしまったのね。

 相手が私の肩に触れたままで、前に回りこんでくる。私は渋々顔を上げて、彼を見上げた。

 元彼の、加納弘平だ。

「・・・あ、久しぶり・・・」

 微笑むことはしなかったけれど、しかめっ面はやめておいた。

 この人と別れたのはもう1年半前の夏の話で、その時出来た傷は誤魔化し誤魔化しした挙句塞がっていたけれど、再会を喜べるような終わり方ではなかったのだから。

 この世で一番、出来るなら会いたくない人だった。

「やっぱりお前も来てたんだな。津田さんにはお世話になったもんな」

 弘平はにやりと笑った。

 さきほど菊池さんが言っていたように、私が保険会社に勤めていた当時、都心の北にあることから北支社と呼ばれていたところほどではなくても、会社には美男美女が大量にいたのだ。

 付き合っていた加納弘平もその一人。私や津田さんと同じ本社の6階、第4営業部で働く、2つ年上の営業職員だった。

 今では31歳になっているはずだ。別れたときから比べるとちょっとふっくらしたようだけれど、相変わらず自信に満ち溢れ、元々端整なその顔が一番魅力を発揮すると知っている、やんちゃな笑みを浮かべている。


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