長い夜には手をとって


 美男子で、自信満々。そして実家がゴム工業で大成功して、その後不動産にも手を出し、どんどん資産を増やしている、お金持ち。彼には兄弟が4人いて父親のあとを継ぐわけではないそうだが、それでも立場としたら大企業の社長の息子で、庶民の私から見たら雲の上のお金持ちなのだ。

 判るでしょ、イケメンでお金持ちの彼氏と、平凡で庶民中の庶民である私の付き合いが、あまりうまくいかなかったことは。

 弘平は営業としても出来るほうだったからあちこちでモテまくっていたのに、派遣社員で目立たない私を彼女に選んだ。

 それを、当時の私は宝くじが当たったようなラッキーだ、と思い込んでいたけれど、物事にはちゃんと理由があるんだって後に思い知ることになったわけだ。

 彼は簡単には自分になびかなかった私が珍しかっただけ。

 私が彼に対して普通もしくはそっけない対応だったのは、それはまさか自分が相手をしてもらえるとは思ってなかったという自信のなさから来ていた行動だっただけで、いざ付き合ってみれば他の女と同じように彼にぞっこんになり、それなら美人で社会的地位も自分と同じくらいの女がいい、と気がついた彼によって捨てられたわけだ。

 ・・・痛い記憶だ。弘平は私をぞんざいに扱ったわけではないが、やっぱりシンデレラストーリーなんてないんだ、と私は頬を引っぱたかれたような気持ちだったのだ。見分不相応だって耳元で絶叫された気分。

 その彼が、目の前に立っていた。

 私が心底好きだった笑顔をして。

 それはやっぱりとても格好よくて、懐かしさと共に痛みも思い出す。完全に心が壊れてしまった、と思えたあの頃の痛みを。


< 58 / 223 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop