長い夜には手をとって
そうか、そんなやり方が。私は頷いて、でも火事だけは気をつけてねと言う。ここボロイ木造なんだから。
「それしてたら、かなり全身温まるんだよ。暖房要らないくらい。風呂から上がったらつけようと思ってて。凪子さんが家に居なくて、そう言えばちょっと驚いたな」
私はゆっくりと息をふきかけて、淹れてくれたコーヒーを飲む。それは熱くて香りが立ち、驚きの連続でささくれたっていた私の心を落ち着けてくれる。熱い液体が喉をおりるのと同時に、くたあ、と体から力が抜けた。
「あ、美味しい・・・」
私がそう言うと、伊織君はにっこりと微笑む。
「そうでしょう。俺はコーヒー淹れるの上手だと思うよー。何せ毎日10杯以上は飲むからね」
「え、それは飲みすぎでしょ!体によくないと思うよ」
「判ってるけど、まあ酒に溺れるよりいいかな、と。外国で安心して飲めるのがスパークリングウォーターとコーヒーだけなんだよね。結構辺鄙なところもいくもので」
ああ、これまた成る程。私は頷いた。
しばらく黙ってコーヒーを飲んでいたけれど、その内伊織君がぼそっと言った。
「凪子さん、それで、さっきの人は?」
私はついため息を吐いた。・・・そりゃあ気になるよねえ~・・・。だけどもう今晩は、ヤツのことは思い出したくないんだけど。でもそういうわけにはいかないか・・・。
十分間を開けてから、言う。
「元カレ。1年半前の夏まで2年付き合っていて、振られた相手」
伊織君が顔を上げた。
「ああー!あの、金持ちで俺様で凪子さんが振り回されまくった、とかいう?」
「・・・君に話したことありましたっけ?」