長い夜には手をとって


「もう勝手にそう思っとけって感じ。えーっと、伊織君、コーヒーありがとう。とにかく非常~に疲れたので、私は寝ます」

 伊織君が自分の背後を親指でさす。

「お風呂は?その格好で外出してて、凪子さん体冷えてない?俺使ったあと浴槽洗ってあるけど」

「今日はいい。化粧だけ落とすよ。明日起きてから入ります」

 よろよろと階段へ向かう私に、背後から伊織君の声が追いかけてきた。

「風邪引かないようにねー、ちゃーんと温かくして」

 私は一瞬、動けなかった。

 その発音、言い方が、綾に完全に重なったからだった。あの子がいつも寝にいく私にかけてくれた言葉。ちゃーんとって伸ばすところも、同じだった。

 ・・・あ、何よ、もう。こんな時に。

 じわりと涙が浮かぶ。

 私は頭を振って、綾の思い出を追い払った。

 泣くのは、部屋に入ってからにしようと決めた。



 翌日、宣言通りに朝風呂をして、私は午後から街へ出た。

 そして雑貨屋を巡り、運命の出会いを感じたマグカップを買って、家へと戻る。

 これは伊織君へのプレゼントだ。昨日助けてくれたお礼に。

 彼がいなかったら、きっと私はまた弘平の手中にはまってしまっただろう。あれよあれよという内に抱かれてしまって、きっとまた、弘平に惹かれてしまっていただろう。抵抗できずに、受け入れてしまっていたはず。それでまた自分を苦しめたはずだ。


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