俺様社長と付箋紙文通?!
§うずまきドーナツ、B.C. square TOKYO上陸

ライトグレーの石畳、ビルの谷間にででーんとある公園。B.C. square TOKYOエントランスパークというらしい。10月初旬、ケヤキは葉を落としたがイチョウの葉はまだ緑まぶしく輝き、花壇には紫のパンジーや黄色のデイジーがかわいらしく咲いている。


「おいしいドーナツとコーヒーはいかがですか?」


と、白抜き文字で印字された真っ赤なのぼり旗をビルの入口に立てる。見上ればきょうも快晴。といってもビルの隙間から見える青空はジグソーパズルのように小さい。どこからともなくバラバラバラとヘリコプターの羽音が聞こえて消える。ビルの自動ドアは必要ないんじゃないかと思うほどひっきりなしに閉じては開いている。東京って忙しい街だ。

いろいろと事情があって、私・森戸咲帆(もりとさきほ)はドーナツの売り子をしている。
といっても、いわゆるドーナツショップではない。

真っ赤な軽ワゴン車に白いひさしのついた移動販売車「あったか☆ドーナツ」だ。私の地元・とちぎ発祥のうずまき型ドーナツの販路を広げようとあったか☆ドーナツオーナーが東京出店を決めた。ビル所有者がたまたまオーナーの知り合いで、ここに店を構えることになった。といっても軒先に車を置くだけなんだけど。

朝、とちぎで仕込まれたうずまきドーナツたちを車に乗せ、東北道と首都高を乗りついでここに来る。ビル前の円形広場に乗り入れて開店準備をする。腕時計を見れば10時半、最速記録だ。おとといの初日は首都高の出口を間違って到着が2時間遅れた。昨日は迷わず来たものの、準備に手間取って11時過ぎにオープンした。それに比べたらかなりの進歩だ。

黒いTシャツとジーンズにベージュのエプロン、三角巾。ひさしのしたに並べられているドーナツたちより目立ってはいけないとオーナーから言われている。地味なユニフォームだが、べつに不満はない。だって私はいたって普通の女の子で、目立つ顔立ちではない。下手にかわいい制服を着せられたら、制服ばかりが目立って、制服が歩いているようなものだからだ。

地味な制服でちょうどいい。

真っ赤な車が目立つのか、ビルに出入りするほとんどのひとがこっちに目を向ける。たいていは歩いたままこちらを見て、歩いたまま自動ドアに吸い込まれていく。立ち止まって見るという習慣が都会人にはないようだ。
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