俺様社長と付箋紙文通?!
思い切ってかじりつくと、サクリ、と音がした。さらに噛むとふんわりもっちりの不思議な触感が歯に伝わる。もぐもぐと口を動かすと甘みが広がり、自然に唾液が分泌されて、生地自体にコクがあるのがわかる。飲み込むと喉に小麦粉本来の風味が広がった。

うまい。ふたくち目をかじる。ぱりっと音がしたのはホワイトチョコの折れる音だ。なめらかなチョコの味が舌の上で溶ける。チョコの風味は強いからドーナツが負けてしまうと思われたが、ところがどっこい、これも絶妙なバランスだ。ハーモニーが広がる。

三口、四口、と進む。あっという間に完食してしまった。もうひとつ食べたいと俺は立ち上がって窓に近づいた。額と鼻をぺたんこにするくらいにガラスに押し付けて下をのぞいたが、エントランスパークは街灯がともっているだけで赤い屋根は見えなかった。腕時計を見れば午後10時、ビジネスビルに人の気配はほとんどない。ドーナツ屋が開いているはずもなかった。

うまかった、また食いたい。付箋紙にうまかった、ほかの味も食してみたいとモンテグラッパの万年筆で書いき、デスクの隅に貼り付けておいた。



*−*−*

4日目の今日は手際よく準備が進んで、10時には開店できた。今日はうす曇り、ときおり雲の隙間から太陽が顔を出す。昨日買い求めてくれたOLさんたちが、今日もお昼にと買いに来てくれた。


「すっごくおいしかったの。昨日は抹茶チョコだったから今日はストロベリーにする」
「ありがとうございます。ご一緒にコーヒーはいかがですかぁ?」
「コーヒーはオフィスにあるから。それにここで買ってもオフィスに戻るころには冷めちゃうし」
「そうですかぁ。エチオピア産の香り高いコーヒーなので、ご入用のときはぜひ声かけてくださいね。500円です。ありがとうございまーす」


OLさんたちはそれぞれに袋を抱えてビルに入っていった。ドーナツは飛ぶように売れていく。今日は完売できそうだ。それと反比例するかのようにコーヒーは全く出ない。保温ポットに入っているコーヒーは満タンのままだ。
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