俺様社長と付箋紙文通?!
おせんべいを食べ終えたテツ子さんが私の顔をのぞき込んだ。


「ねえ、それより。私、咲帆さんの話が聞きたい。東京生まれの東京育ちって、本当?」


咲ちゃんの実家はとちぎじゃなかったんかい?、と田中さんは目を丸くした。



*−*−*

ヘリでとちぎから帰ると、オフィスは静まり返っていた。
デスクの上の卓上カレンダーのイラストは湖に映り込む紅葉の写真だ。
ドーナツの紙袋を開きながら、ふう、と俺には珍しくため息をついた。

さすがの親父も帰りは無言で操縦していた。社長室にもどってからもゲスト用ソファに沈み込んだまま動かない。

きょうは大きな問題が起きた。開発話を進めていた土地の持ち主からキャンセルしたいとの申し出があった。周辺住人に言いくるめられ、このまま農地として保存しておきたいというのだ。ショッピングモールができれば排ガスなどの環境汚染は必須だ。まわりの土地を持つ農家から開発に反対されたようだ。

ああ、面倒くさい。
開発屋は出ていけ、だの、地上げ屋は死ね、だのと激しいことを言われた。しまいには生卵を投げつけられて俺は怒り心頭で商工会議所を出た。これだから田舎者は困るのだ。

開発は悪か? 


「親父、今夜は疲れただろう。俺はタクシーで帰るから、52階に直帰しろ」
「ああ。すまんな丈浩」
「親父も年だ。無理するな」


親父は肩を回しながら社長室を出て行った。このビルの52階が親父の自宅で、郊外の一軒家が俺の自宅だ。

エレベーターを乗り継いで下界に降りる。自動ドアを抜けて見回すと、街灯に照らされたエントランスパークにバス停のような看板が立っていた。あったか☆ドーナツ停車位置、ここにお並びください、と書かれていた。ここに売り子がいて、売り子がここで付箋紙に書き込みをしている。

立ち止まり、ポケットからドーナツカードを取り出した。売り子の字を眺める。ブルーブラックのゲルインク、丸文字だ。わざと子どもっぽくしているに違いない。付箋紙もピンク地に白いうさちゃんが描かれた柄だ。ドーナツ屋らしいポップなイメージを作り上げようとしている。努力家だ。

そもそも、これだけのハイレベルな商品を出店しているのだ。きっと売り子はハイレベルな洗練された女性に違いない。宮下以上に頭のキレる、顔もスリーサイズも整ったいい女を想像した。
< 23 / 87 >

この作品をシェア

pagetop