全ては、此処から始まる-真夜中の月-。
【1】


 沖縄に行こう。


 そう嘉(ひろ)と約束してから約一年。ようやくそれが叶った。一年という長さを長いととるか短いととるかは人それぞれだが、俺にとっては長い一年だった。
 この一年、《強奪者》との《不穏》の後嘉は体調を崩し、ずっと青柳(せいりゅう)病院に入退院を繰り返していた。そしてようやく旅行の許可が出るまでに快復した。それでも、あまり無理をさせない程度に、ではあるが。沖縄への旅行も、《二神医》の五月雨時雨(さみだれ しぐれ)がいるから許可が出たという状態だが。
 そして今は、空港から定(さだめ)さんの家に向かう車の中にいる。定さんが手配してくれたものだ。車の窓から見える沖縄の冬空は、残念ながら曇っていて、青空は見えない。
 まだ沖縄の青空を生で見たことはないけれど、それでも構わない。
 時間はまだたくさん残っている。
「沖縄には何回か来ているんだろ?」
 俺は窓の外をぼうっと眺めている嘉に話しかけた。嘉は車内に意識を戻して俺に視線を向ける。
「そうだね。なんだかんだ数回は来てるね」
「観光地とか回った?」
「何ヶ所かは。その時々に兄貴たちが連れて行ってくれる所に行ってるから」
 観光地とかあちこち行かなくても、ある程度穏やかに過ごせたらそれで良いんだ。そう嘉は小さく言った。
 元々嘉はアウトドア派ではない。それとは真逆のインドア派。活動的に動くタイプではないので、嘉が言うように穏やかであればあちこち見て回らなくてもそれで充分なのだろう。
「そうだね」
 俺は嘉の言葉に頷く。
「とりあえず、思い切り楽しめたら良いな。あまり無理もできないし、時間はたくさんあるから、ゆっくりな」
「そうだね」
 嘉もそう答え、再び外の景色に視線を向けた。
 俺もそれに倣い、硝子の向こう側に顔をやった。


 これから起きることに、期待を寄せながら。
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