物語はどこまでも!
(二)
『急を要してごめんなさいねー。何せ、今人気絶賛中の絵本の大事件なのー。可及的速やかに対応してくれないかしらー』
そろそろ聞き飽きました可及的な要件でやってきたる絵本は、白雪姫だ。
「白雪姫が、人気……?」
定番であり、『出向き』初体験の人には定評ある物語ではあるけど人気絶賛中とはこれ如何に。絵本は一冊ごとに若干と言えども違いはあるため、私が今いるこの物語界はどこか一風変わっているのか。
「普通、ですよね」
森の小道を抜ける。木々の葉で暗かった印象のある風景が一気に明るくなった。
日差しから目を庇いつつ、木で出来た簡素な小屋を見る。ログハウスというには少々年季の入った佇まいだが、赴きがある。敷地内には畑や井戸、物置があり、小屋の煙突からは甘いパンの香りが漂ってきた。
「さて、右よし左よし。後ろよし」
小屋の扉をノックする前に安全確認。『そそのかし』対策はもとより。
「今日は前から抱きしめられたいんだね!」
その対策すらも通じない彼から熱烈な抱擁を受けてしまった。
きゃあぁっと悲鳴を上げようとも、つむじから鎖骨の匂いをすんすんする残念な人にはどこ吹く風。煽りにしかならないと、このままどこへともなく連れ去る気満々だった。
「最近、雪木の姿や声だけでなく匂いまでも脳内再生が余裕でね。その内、触感までも空気で再現出来るようになるかもしれない。というよりも、幻覚ばかり見てしまって毎日が辛いんだ。この君も俺が作り出した幻覚かと確認せずにはいられない。姿と声と匂いは確認出来たから、後は触感だーーいっ!」
幻覚でないことを分からせるためにチョップしておく。間違いなく雪木だっ、と感激されてしまった。
「図書館の制服着用ってことは、雪木は今日もお仕事か。たまには俺との逢瀬がためだけに来てほしいものだな。そういったことに気が利く奴らの本を知っているから、君は今度その本を抱いて眠るといい。君が来れば消えてもらうように話はつけておくから」
「残念な人への心遣いを改めてもらいたいものです……」
「それまで待てないって言うなら、辺り一面を消し炭にしておこう。大丈夫。崩壊前には終わるだろうから」
「あ、な、た、はああぁ!」
と、構えば構うほど彼のペースだと手刀を下げておく。後ろで色々、官能小説類いの表現をされているが無視して小屋の扉をノックする。
「すみませーん、図書館の者ですがー」
パタパタと階段を降りるかのような音。扉前にまで来たが。
「あの、図書館司書補統括の彩阪雪木と言いますが」
再び声をかけたのは扉が開かれなかったからだ。居留守をするにはお粗末過ぎる。扉越しに相手の気配が分かるほどなのに。
「ドア、蹴破る?」
「いえ、そこまで暴力的でなくとも」
私に構われなく暇で、地面に相合い傘(互いの名前入り)を描いた乙女な人の申し出はさておいて。三度、すみませんと名乗る。
「出ないね。というよりも、今回の仕事は小人たちのトラブル解決?」
「はい。小人たちが白雪姫を家から出さないようでして」
「そうか、監禁か」
「あなたはもっと、まろやかな言い方は出来ないので?」
「監禁、良い響きじゃないか。愛する人を閉じ込めておけるなんて。他からの害を気にすることなく、自分の作った部屋の中でその帰りを待ち続けてくれる愛しい人。一人っきりの何もない空間に置き去りにされて、俺が帰ってくるのを今か今かと涙して待つ君。俺の姿を見るなりに『寂しかった』と飛びついてきて離れようとせず、次に出かけるときは『行っちゃうの?』なんて捨てられたような子猫の眼差しで見上げてくる君……、くっ、行くわけないだろう!足を縫いつけでも君のそばにいるからね!」
「物語を改竄しないように」
もはや私じゃない誰かです、それ。
ともあれ、この小屋に七人の小人と白雪姫がいるのは確実だろう。だからこそ、呼び出されたのだし。こうして返事もないところを見ると相当拒絶されているらしい。
武力行使はあまり好きではない。話し合いの長丁場になるかと覚悟していれば。
「お、見ない顔だね?」
小屋の裏手から、赤髪の青年がやってきた。
赤髪、赤ベスト。人懐っこいような笑顔を浮かべる青年。話せる人が来たことに安堵する。
「あ、はじめまして。図書館『フォレスト』の者で、彩阪雪木と言います」
「ああ、図書館の人か。最近は特にそっちの人が多く来るから、またお相手しなきゃと思ったんだけど。今日はどうかしましたか?」
好青年=雪木を狙う奴に該当するため私の背後より威嚇する彼をたしなめつつ、赤髪の人と対面する。
「えっと、あはたは?」
物語の登場人物では間違いないが、まさか『小人』なわけではないだろう。こんな、八頭身の男前が。