物語はどこまでも!
「半年やそこらで元通りになるレベルではありませんよ……。あ、セーレさんの改竄能力を使えば」
「この周回が終わればまた使えるけど、そもそもその必要もないよ。この白雪姫が太ったのは物語上での話だ。ページ外で変化してしまった小人どもはともかく、白雪姫だけなら次の『はじまりはじまり』で元の姿に戻る」
セーレさんの解説に、そうかと納得する。
改竄能力で一年経たせたのは物語上でのお話。はじまりになれば、物語上でのことは全てリセットされる。光明が見えたと思えど。
「因みに、これからのお話は?」
「ようやっと猟師が白雪姫を見つけ、継母に報告。老婆に変装し、毒リンゴを持った継母が白雪姫を訪ねる。白雪姫は毒リンゴを食べ、深い眠りにつく。小人たちの手によってガラスの棺に入れられたところで王子が現れ、白雪姫に一目惚れをする。口付けをしたところで白雪姫は目覚めて、ハッピーエンド。ってなところだね。他の白雪姫だと、棺を運んでいる最中に落としてしまい、その衝撃で毒リンゴが口から吐き出されて目覚めることもあるけど」
「継母さんー!毒リンゴを持った継母さんー!」
ガラスの棺にそもそも入るのかとか、王子様が一目惚れしてくれるかとか、かなりの問題があるが、とりあえず進めるしかない。
呼んでみれば、待機していたらしく、黒紫のローブに身を包んだ老婆が現れた。
リンゴがたくさん入ったカゴを持ち、その一つを差し出してくる。……私に。
「なんと美しいお嬢さんなのだろうか。どれ、このリンゴを一つお食べ」
「継母さん、継母さん。現実を見たくないのは分かりますが、白雪姫はあっちです」
継母さんも美しかった白雪姫の姿に現実逃避中だった。老婆の格好でさめざめ泣くのを見るのは精神的につらい。それでも話を進めなければと、継母さんは鏡餅ーーじゃない、白雪姫にリンゴを差し出した。
「ふっ、ひー。お、おいしそうな、リンゴ!ちょ、ちょうど、外に出て、疲れたところだったから、ふーふー、おなか減ってたの。いただきまーす」
しゃりっと一口かじるではなく、ぺろりと丸ごと一つ呑み込んでしまった白雪姫。まだ足りないらしく、他のリンゴも黙々と食べてしまった。
「ふー、まだ、足りないわー!小人さん、こ、小人さん!もっと何かない?」
「いや、そんなこと言ってもさ。今朝焼いたパンは白雪姫がほとんど食べちゃったし。あるとすれば小麦粉ぐらいだけで」
「小麦粉で大丈夫ー!いつものあれと、ふーふー、混ぜればいいの」
「これから王子もくるし、毒リンゴも食べたんだから」
「減ったのー、小人さん、ふーふー、減ったから、王子様の前でお腹鳴っちゃうからー」
色々と言い聞かせていたレッドさんだったが、諦めたらしく袋に入った小麦粉と大きなスプーンを持ってきた。そうして、壺に入った。
「まっ、あれってマヨネーズですか!?」
白くてねっとりとした調味料は見慣れたものだった。小麦粉の袋にマヨネーズを入れて混ぜ、アイスでも頬張るかのように満足げに食べている。
「あはは、白雪姫が色々食べるようになってから、俺たちの食料もなくなってきてね。最初は近くの街から余った食材や、捨てる食材とか貰ってきたんだけど、それでも足りなくて。どうしようかと思ったんだけど、ふと、前にそちらの世界の人から聞いたどんなものでも美味しく感じられる調味料のことを思い出してね。俺たちの世界でも作れないかと作ってみたら、白雪姫に気に入ってもらえまして。
それから、食料がどうしてもないときは、そこら辺の木の実やきのこや草をあの調味料と混ぜて食べさせてました」
「なんで作った太るもとををををを!」
一年でここまで太れる訳はあの雑食さだろう。食べ物を食べるではなく、もはや物を詰め込む。底無しに近い胃袋が満腹になることはなく、白雪姫は黙々と小麦粉マヨネーズを飲み込んでいった。
「というか、毒リンゴは!?」
継母さんから与えられた毒リンゴを過剰摂取したというのに、白雪姫が眠ることはない。まさかと思いたいけど。
「風さんが言ってるの、白雪姫お腹壊したことないって」
「もはや白雪姫の胃袋は、人を超越した胃袋となったのかもしれませんね。いえ、もしかしたら、僕たちが生み出したあの調味料に何か仕掛けが!?」
悪食に耐えうる胃のせいで、毒が吸収されないらしい……。