イジワル社長は溺愛旦那様!?
神尾の唇がそのまま横を向いた夕妃の耳に触れる。
「夕妃さん、俺のものになりませんか?」
軽やかに誘うけれどその声は妙に熱っぽく、誘惑の言葉が直接体の中に注ぎ込まれるような気がして、甘い痺れに体が震える。
こんな状況だから、神尾はなにか思い違いをしているのではないだろうか。
(神尾さんのものになるって言えたら、どんなに楽だろう。だけど……そんなの……)
夕妃は体をこわばらせる。
もちろん、神尾が嫌だとか怖いだとか、そんなわけではない。
自分は結婚式から逃げた女なのだ。
自分の中に芽生えた淡い恋心を成就させてあげたいと思っても、先がない恋に落ちて、周囲に迷惑をかけることになるのがいやだった。
(人に迷惑をかけるくらいなら、自分が我慢していたほうがずっと、ずーっと、マシだ……)
それに、神尾にほんの一瞬愛されて、その恋が一体どれだけ続くだろう。
自分のような凡庸な女は、ひと月も愛される気がしない。
神尾の心をつなぎとめておける自信がない。