イジワル社長は溺愛旦那様!?
「……は?」
その瞬間、桜庭の端整な表情がピクリと歪んだ。
それまで彼の顔に張り付いていた笑顔が一瞬で消える。
その冴え冴えとした表情を見て、これが彼の本質なのだと、夕妃は一瞬で理解した。
だから余計なことを言ってしまったと後悔したが、一度口に出したことは取り消せない。
だが元々桜庭と考え方の違いを話し合うつもりもない。出来るのは、さっさとこの場を立ち去ることだけだ。
「――お疲れさまでした」
持っていた一万円札を、立ち尽くす桜庭の手をひっぱって、手のひらの上に乗せると、夕妃はしっかりとバッグをつかみ、駆け出していた。
その日の夜、夕妃はよく眠れなかった。お布団の中で何度も寝返りを打つ。
桜庭を怒らせていたら、もしかしたら首になるのだろうか。
自分一人食べていくくらいならどうとでもなるとは思うが、大事な弟を道連れにすることはできない。
最近、朝陽とは進学のことで喧嘩ばかりしている。
彼は働くと言い、自分は進学をするべきだと両者一歩も譲らない日々が続いている。
朝陽が自分に気を使ってくれているのはわかる。
だからその気遣いが、夕妃はつらかった。
朝陽には苦労をかけたくない。不自由な思いをさせたくない。そのためだったらなんでもすると常日頃思っている。
こんなことで仕事を失うことはできない。
(謝ったほうがいいだろうか……でもなぁ……)
夕妃は布団の中でぎゅっと目をつぶった。