今夜、きみを迎えに行く。
3*cocoa
家に帰ると、玄関に茜の靴が揃えられていた。
茶色のローファー。玄関マットの上にどさりと置かれた真っ赤なバスケットシューズケースと、通学バッグ。
わたしがいないときでも茜がうちにいるのはよくあることで、隣同士のわたしと茜にとって、これはもう小学生になるより前から続いている、当たり前の日常。
「ただいま」
玄関から一応声を掛けて、そのままリビングには行かずに二階の自分の部屋へと向かう。
部屋着に着替えている間も、一階のリビングで楽しそうに話す、母親と茜の笑い声が聞こえていた。
わたしが帰って来たことに気付いているのかいないのかわからないけれど、なんだか無性に腹が立つ。母親の笑い声なんて、わたしはしばらく聞いていない。
わざと、大きな音を出しながら階段を降りていく。
それでも楽しそうに響く笑い声。
ここは、わたしの家なのに。
階段を降りきってそう思ったとき、奥の部屋からか細い声が聞こえてきた。
「…ちゃん、いるの?…あおちゃん…」
小さな小さな声だけれど、わたしの名前を呼ぶ祖母の声だった。
祖母に名前を呼ばれたのは久しぶりのことだ。最近ではわたしのことが誰だかわからないような日も多い。
わたしはいそいで、奥の仏間、祖母の部屋へと向かった。
「おばあちゃん、ただいま」
引き戸を開けると、仏壇の前に祖母がちょこん、と座っていた。
「おかえり。あおちゃん」
久しぶりに見た笑顔。今日は体調が良いのかもしれない。
「おばあちゃん、今日は調子いいの?」
「そうね、いいかもねぇ」
「そっか。良かった」
「おとうさんはまだ帰ってきてないのかねー」
祖母は言った。祖母の言うおとうさんというのは、亡くなった祖父のことだ。
「おばあちゃん、おじいちゃんはもう帰って来ないよ」
わたしが答えると、祖母は少し悲しそうな顔をした。
もっと良い答えがあったのかもしれない。そう思ったけれど、遅かった。おばあちゃんごめん、と心の中で思う。
「あおちゃん、なにかあったの?おともだちにいじわるされた?」
今日の祖母はわたしのことを、まだ小学生くらいだと思っているのかもしれない。
わたしが機嫌が悪そうな顔をしていると感じたのだろう。わたしは黙って、祖母の部屋の戸を閉めた。