今夜、きみを迎えに行く。
◇
下の階から漂って来る、朝ごはんの匂い。
目玉焼きとベーコンを焼く音、グリルの鮭が少し焦げかけている香ばしい香りが、寝起きの鼻をくすぐっている。
紺のハイソックスを膝下まで上げ、セーラー服にベージュのカーディガンを羽織りながら階段を降りていくと、玄関のドアが開く音が聞こえた。
わたしと同い年のこの家のドアは、最近少し痛んできたのか開ける人によってその音を微妙に変える。
キィ、と遠慮がちなこの音は、茜の音。
「おじゃましまーす」
透き通るような爽やかな声が響き、やっぱり、とわたしは思う。
「おはよ、葵」
階段を降りたところで目が合った。バスケットシューズの入った真っ赤な袋と通学バッグを玄関に置き、ローファーを脱ぎながら、茜が言った。
爽やかなショートヘアに、モデルみたいな小さな顔。
すらっとした手足が、わたしが着ているのと同じセーラー服から伸びている。
美人でスポーツ万能で、おまけに成績は学年トップ。
バスケット部の次期部長である茜は、わたしの唯一の幼なじみだ。
それに対してわたしは、というと、背中に届くか届かないくらいのストレートな黒髪。
アレンジもせず、ただ伸ばしてはたまに整える程度。
茜みたいな美人ではないからせめて女子だとわかるように。
周りのみんなと同じ、個性はないけど、目立たないからいじめられることもない無難な髪型。
家が隣同士で、産まれた年も同じ。
お互いに一人っ子のわたしと茜は、小さい頃からまるで本当の姉妹みたいに育ってきた。
幼稚園、小学校、中学校はもちろん同じ、受験した高校もやっぱり同じ。
わたしは合格ギリギリラインから死ぬ気で勉強して何とか普通科に合格。
茜はトップの成績で特進クラスに合格した。
それでも、わたしは何とか茜と同じ学校に進学できたことを泣いて喜んだ。
だけどその頃から、両親はわたしの前であまり笑顔を見せなくなった。
両親は、わたしに期待することを辞めたのだ。