今夜、きみを迎えに行く。
「茜、来てたのか」
スーツのネクタイを絞め直しながらリビングに入って来たのは父だった。茜が家族の食卓にいることに、なんの驚きも抵抗もない。それどころか、母と同じように父もやっぱり満面の笑みをこぼしている。
わたしには、見せてくれなくなった笑顔。
「お父さんおは…」
「おじさん、おはよう」
わたしの声を遮るように、軽やかな茜の声がリビングに響く。いつもより、笑顔の多い朝。
わたしなんて、両親にとってはいてもいなくても同じ。
茜の隣にいると、たまに自分が透明人間になったような気分になる。
「いただきます」
「いただきます」
茜と一緒に手を合わせ、食べ始めてしばらくすると、一階の奥の部屋から母の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「…さぁん!百合子さーん!」
弱々しく微かに聞こえるのは祖母の声だった。一階の奥にある仏間が祖母の部屋で、近頃めっきり足が不自由になった祖母は、一日のほとんどをその部屋で過ごしている。
「まただわ」
いかにもうんざり、という顔で、母が呟く。
「朝飯、出してやったんだろ」
父が母に向かっていった。やっぱり、うんざり、という顔だ。
「もう食べたこと忘れてるのよ、きっと。一日あの調子なんだから、嫌になっちゃう」
「なら、放っておけよ」
「他人事みたいに。あなたは良いわよね、仕事に行けば家にいなくて良いんだものね」
「そんなに母さんの世話が嫌なら、施設に入れりゃいいだろ」
「そんなに簡単に言わないでよ」
「お前の為に言ってるんだろ」
言い争う両親の声が耳障りで、わたしは食べかけの食事を置いて席を立つ。
がたん、と座っていた椅子が音を立てると、母親も父親も横目でわたしをちらりと見る。
きっと、いかにも当て付けみたいだと思っているんだろう。わたしのことを、嫌な子だと思っているはずだ。不機嫌な顔をして、嫌な空気を余計に息苦しいものにする、出来の悪い一人娘。
「ごちそうさま。茜、わたし先行くね」
「えっ…ちょ、葵?」
茜がご飯を慌てて詰め込んでいる。
わたしは通学バッグをひっつかんでローファーをひっかけ、逃げるように家を出る。
いつから、こんな風になってしまったんだろう。