ブラック・ストロベリー
「聴きに来いよ、俺の音楽を」
あの小さなライブハウスから始まったこの人の夢は、気づけば大きなアリーナになっていた。
何十人が、何百人、何千人、気づいたら何万人ものひとが彼のことを応援してた。
どんどん遠くなっていくその姿を見るのが怖くて、わたしはライブに行けなくなった。
ギターをかき鳴らすその姿を、あの小さな部屋でみるのが、わたしの唯一の特別だった。
わたしに向かって奏でるその音楽だけを、わたしのものにしたかった。
「お前が考えてることなんてわかるんだよ、メジャーデビューしてから来てくれなくなったライブに行くのが、怖くなったことくらい、気づいてんだよ」
そんなこと、聞いてこなかったくせに。
いつの間にか、ライブに来る?って言葉もなくなった。
気づいてるのかはわからないけど、それでいいと思った。
見たくなかった、きらきらと、夢をかなえてみんなの前で笑っている姿なんて。
わたしが知ってるその姿だけみていれば、幸せだと思ったの。
「なんで、言わないの」
「お前が、言ってほしくなさそうだったからだろ」
きっと、こうだろうな。
そうやって、
いつから、言葉にする前に考えて言わなくなったのだろう。
思ったことはすぐに言っていた、なのに隣にいる時間が長いほど、相手の考えていることが聞かなくてもわかるって憶測で言葉にしなくなったのだろう。
それは、わたしもだ。
あのな、
不機嫌な声が向こうで舌打ちをした。
その舌打ちはだいたい、悔しいときにするものだ。
「俺以外の男なんか知らねえくせに、簡単にほかの男に乗り換えようとなんかすんなよ」
「、なんで」
はっ、息を吐くように、馬鹿にするように、ちっとも面白くないのに笑った。
それさえもが、じゅうぶんに不機嫌が伝える。
「いつも一緒にいる職場のパートナー、」
冗談じゃねえ、
吐き捨てられた言葉が、電話口から私のもとへ放り込まれて、心臓に突き刺さる。
「そんな男に渡すわけねえだろ」
苦しかった。
止まることを知らない涙が、まてひとつ、頬を滑り落ちて制服を濡らした。
拭ってくれる人はいない、そうさせたのはわたしだ。
紡がれるほんの少しの本音に、思い出にできなかった気持ちが溢れそうで、それが悔しくて唇をかんだ。