ブラック・ストロベリー
「明日、まってる」
そんなこと、言わないで。
待ってる、その言葉がどれだけ信用できないか、わたしは痛いほど知っている。
待っていたあの部屋で、一人だった、あの日のことをもう思い出したくなんかない。
「帰って、こなかった癖に」
息がとまるように、沈黙が流れた。
何も言い返してこなかった。
あの日_私がどれだけ不安で、テレビもつけられずに、一言「今日は帰れない」ってメッセージだけで終わらせたこの人を、待っていたか知らないでしょう。
「私がどれだけ待っても、帰ってこなかった癖に、人のこと待つとか、簡単に言わないでよ」
こわかった。
押し寄せる報道陣が、扉の向こう、エントランスの向こうにいる。
帰ってこれないのは、見たくなくても見えるそれだけで分かった。
でも、
たったひとこと、帰れないって、それだけの言葉で私は不安でしょうがなかった。
スキャンダルが事実じゃないことは、テレビをつけなくても、ネットのニュースを見なくてもわかっていた。
誰よりも隣で見てきたんだ。
そんなことする人じゃないこと、一番に信じてあげられるのはわたしだけだった。
それでも、怖くて仕方なかった。
「_ごめん、」
「そんな言葉、いらない」
言い訳なんて、謝罪なんて、求めてない。
わたしがずっと求めているものは。
「俺の話が聞きたくないなら、歌をきけよ、」
昔から、言葉にするのが苦手だった。
言葉より行動、初めて交わしたあのキスが、彼がそういう男だって言っていた。
なのに、音にのせれば、痛いほどその言葉が、伝わってくる。
苦しそうに紡ぐそのひとつひとつの言葉が、わたしの欲しい言葉になって届いてくる。
でも、その歌はわたしだけのものじゃない。