春風駘蕩



「ゆりか」

キスの合間に巽が私の名前を呟く。

演奏家なのに、艶があり色気があるその声を聞けば、声楽家でも生きていけそうなほど魅力的。決してのろけているわけではないけど。

「たつみ」

巽の声に震えた私は、両手を伸ばし巽の首にしがみついた。

そして、唇が重なる音がキッチンに響く。なんて恥ずかしくて愛しい空間だろう。

さらに体を寄せた私は、巽のキスに応えながら胸がいっぱいになった。

手をつなぐことも、抱きしめられることも、もちろん体を重ねることも。

巽となら幸せに感じるいくつものこと。けれど、キスを交わす時間が、一番好き。

今みたいに抱き合いながらキスだけに夢中になることはもちろんだけど、すれ違いざまに軽く触れ合うキスや、並んでソファに座りテレビを見ている合間に交わすキス。

ほんのわずかな愛情のしるし。

それだけで心は満たされる。

私って安上がりだなと思いながらも、高校を卒業してから数年間、巽と離れて過ごしていた空虚な時を思い出せば、わずかな愛情でさえ幸せに思える。

それに、たとえ軽く交わすキスやハグでも、巽の想いが軽いものではないとわかっているから。

「巽、好き」

ぎゅっと巽に抱き着いて、背伸びする。

耳元にそう呟けば、巽はのどの奥でくくっと笑った。



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