春風駘蕩
結局、最大にして唯一の理由、それは。
「あのね、私が会社を辞めようって決めたのはおととしの年末まで参加していたプロジェクトが無事に完了した頃なの」
「そんなに前? なにも言ってなかっただろ」
「うん、ごめんね。私の仕事は言えないことも多くて、黙ってることが癖になってるのもあるんだけど……プロジェクト参加は夢だったから、あの二年間はあっという間で……でも、自分の実力のなさに苦しんだ時間でもあったけど」
自らその道を選んだとはいえ、職種の変更をし、プロジェクトの参加という社員の多くが目標としているものに参加することの厳しさを身に染みて感じた二年間だった。
自分のふがいなさに脱落しそうになったのも一度や二度じゃない。
何度やめようと思ったか、数えることもできないけれど、それでも頑張れたのは巽が自分を厳しく律しながら前進していく姿を見てきたからだ。
「プロジェクトが終了して、仕事に向き合う自信はついたけど……巽がイタリアで熱を出して寝込んで帰国が延びたって内川さんから連絡があった時に、自分はなんのためにこんなに必死に仕事ばかりをしてるんだろうって思って」
「あれは、俺が無理をしすぎたからだろ? 由梨香には関係ない」
私の言葉に、巽が焦った声を上げた。
「ううん。私には関係ある。大切な人が海外で寝込んでるのに、どうして私は側にいられないんだろうって、苦しかった」
「それは……俺だって、同じだろ。由梨香が日本で寂しい想いをしながら俺を待ってるのに海外でレッスンを受けたり演奏したり……仕事だとはいっても、いつも悩んでる。由梨香の側にいられない時間が、もどかしいんだ」
巽はひと息でそう言って、悔しげに息を吐いた。
巽が口にした言葉は、私の気持ちを代弁したものだ。
そう、一緒にいられないのが、もどかしい。