春風駘蕩
自分の努力と実力次第で、やりがいのある仕事をすることができるのだというお手本のような女性。
不本意ながら、そう見られるようになった。
だからこそ、自分の思いだけで簡単には退職できなかった。
もし私が簡単に会社を辞めるようなことがあれば、「やっぱり女はダメだな」と言われるだろうし。
そうなれば……私を目標にしている後進たちの道を閉ざしてしまわないかと、危惧していたのだ。
それに、中途半端に退職できないことはもちろん、私がこのまま順調に仕事を続け、出世することを会社から期待されているとわかっていた。
だから、決断できなかった。
「だけどね、巽が海外で寝込んだり、せっかく日本でコンサートを開いても会いに行けないし、それになにより……抱いてほしい時に抱いてもらえないのが寂しかった……あ、抱いてっていうのはその、あの、ぎゅって抱きしめてもらうってことで、ね」
自分が言った言葉に思わず焦った。
抱いてほしいなんて、そりゃ、もうひとつの意味もあるけど、って、今はひとまずおいとくけど。
「だから、もう、辞めるって決めてから……周囲に迷惑をかけないように一年かけて引き継ぎやら根回しやらあれこれ。ようやく、退職手続きも完了して、いよいよ送別会ラッシュなの。それに備えて今日は残業……」
コンサートの開演に間に合うように頑張ったけど、後輩に振り分けなければならない仕事がいくつか漏れていて、焦ってマニュアルを作っていたのだ。
数曲だけはどうにか聴けて良かったけれど、もしかしたらダメかもしれないとドキドキした。