intoxication
「もう五分は経ったと思いますけど。樋口さんでお支払いいただければ」

「ざけんな馬鹿」

「馬鹿はどっちだよ」


一槻がくすっと笑う。

ゆっくり、抱きしめてた腕が解けた。


「ごめん、一槻」


涙はぜーんぶ、一槻の黒いシャツが吸った。

鼻水も混ざってたかもしれない。

目をこするあたしから離れた一槻は、カウンターを回って座って、女の子みたいに頬杖を着いてみせた。


「いつものことだろーが。反省してんなら泥酔して電車乗るの辞めろ」

「ごめんなさい・・・ね、心配してくれたの、今」

「調子乗ってんじゃねぇ馬鹿。泣かすぞ」

「ごめんなさい・・・」


無精ヒゲがにやりと笑って、ポケットから煙草を取り出した。

あたしはカウンターの中に置いてあった灰皿を一槻に手渡した。


「さんきゅ」

「うん」


一槻の匂いはセブンスター。

あたしは煙草が好きじゃあないけれど。

昨日別れたあいつもセブンスター。


咥えた煙草に、目を細めて、顔を傾けて火を付ける。

この瞬間の一槻は、悔しいけどかっこいい。


とりあえず、黙って、一槻の座る前に棒立ちになる。

誰もいない店の中にセブンスターが充満してく。


「結衣今日大学は?」


先にしゃべったのは一槻。


「・・・休む」

「じゃあ朝飯食うか」

「一槻が作るの? うっ―――」


ぱっと顔を上げたあたしに向かって煙を吐いた一槻。

あたしは思わずせき込んで、睨みつけた。


「あはは。わりわり」

「っ、許さない・・・あたしが肺がんになったらどうしてくれるの!」

「そんときゃ俺が看取ってやるよ」
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