マザー症候群


 「まじっすか。俺、この旅行中、お袋で通してみせやす」
 游が美波の提案に快く応じた。
 「それから、親子だから、もちろんあれは無しね」
 「無しっすか。・・・我慢しやす」
 遊が少し困ったような顔をした。
 「お願いね」
 美波は、お袋にこだわった。
 美波は、お袋と呼ばれたかった。
 美波は、お袋と呼ばれる事でいつまでも母親を実感したかった。
 たとえ、それが波斗ではなく遊であったとしても。
 二人は程なくして『抹茶庵』を出た。
 美波が今一番行きたい所はどこか。と、心に問いかけた時、浮かび上がった光景が金閣寺だった。
 なぜ金閣寺なのかはよくわからない。
 美波が金閣寺に初めて行ったのは、小学校5年生の遠足での事。それ以来、三度ほど来た事がある。
 心が砂漠のようにからからに乾燥すると、なぜか金閣寺に無性に行きたくなる。
 金閣寺には煌びやかさの中に、人を圧倒させる静寂があり、安らぎがある。これは、美波だけが感じる反応かもしれないが。

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