祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 シュライヒ家の館はなかなかのものだった。緑のアーチをくぐると、レンガ造りの堂々たる屋敷が訪問者たちを出迎える。ところどころ蔦が絡んでいるのが、歴史の重みと凄みを感じさせた。

 ブルーノの付き人であるユアンが重厚なドアを叩く。どことなく緊張した面持ちで待ちかまえていると、中から出てきたのは中年の男性だった。ユアンとブルーノを見て、軽く微笑む。

「これは、ヴェステン卿。そしてお連れの方も、わざわざすみません。オスカー・シュライヒです。さぁ、どうぞ中に」

 ドアを大きく開けて招き入れられ、リラは不躾を承知で、物色するかのように館の中を見回しながら足を進める。

 はっきりと不穏な影は見られなかったが、どうも空気が重い。酸素が薄いとでもいうのか、息を吸っても肺に空気が満たされないような苦しさだ。中の薄暗さが、さらに拍車をかけている気がした。

 一行が案内されたのは食堂だった。館の大きさに比例し、立派なものだった。白いクロスは染みひとつない。テーブルも、客人全員が座ってもまだ十分なスペースがある。

 しばらくして、オスカーが、ガチャガチャと音を立ててお茶の用意を運んできた。

「すみません、妻は今、床に臥せておりまして」

「お見舞い申し上げます。どうぞお気遣いなく」

 エルマーが申し出る。オスカーはお世辞にも手際がいいとはいえず、無骨な手でお茶を淹れ始めた。茶色と金を混ぜたような、獣の毛みたいな髪は大きくうねり、大雑把に一纏めにしている。

 無精髭を生やし、表情は明るかったが、どこか疲れが滲んでいた。

「元々、ここは僕の家ではなく、友人のものでして。広さは十分すぎるほどあるんですけどね。ただ、それが逆に辛いときもありますが」

「シュライヒさん。この家で起こることについて、改めて彼らにも詳しく聞かせてくれませんか? 大丈夫、彼らは王室から派遣された優秀な者たちですから」

 言葉尻を濁すオスカーにブルーノがきっぱりと告げる。それを受け、オスカーは、リラとエルマーにゆっくりと目を向けてから、重々しい口を開いた。
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