祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―

ふたりだけの舞踏会

 舞踏会当日、リラは自室でフィーネに用意されたドレスを身に包み、髪をまとめられ化粧を施されていた。

 そこまで張り切らなくても、とリラは言ったが、なんせ目当てのバルコニーには広間を通っていくしかない。下手な装いは余計に目立つだけだ。

「リラさまの髪って柔らかいですねー。ずっと触っていたいです」

 機嫌よくリラの髪を梳かして、編みこんでいくフィーネの手さばきは見事で、化粧台の前に座らされたリラも鏡越しに見惚れてしまう。ヴィルヘルムにしろ、フィーネにしろ、不気味だと恐れられていた銀髪を、こうして触れられるのは、なんだか落ち着かない。どうかこの銀の髪も暗闇では金髪と見間違えてもらうことを祈るばかりだ。

 用心して、ヴェールで銀の髪を隠す。リラに用意されたのは菫色のシンプルなドレスだった。そしてその下に着るコルセットはともかく、ペチコートは針金などでスカート部分を大きく見せたりするが、そこは丁重に辞退した。

 生地の膨らみだけで十分だし、なにより自分は本当に舞踏会に参加するわけではない。とにかく、歩く死者に彼女と錯覚させて一緒に踊れればそれでいいのだ。

 フィーネに礼を告げてから広間へ向かう。その最中、リラはずっと緊張していた。慣れない格好をしているからだろうか、これから歩く死者と対峙するからか、ダンスをちゃんと踊れることへの不安からだろうか。

 会場へ向かう足取りがとんでもなく重いのはドレスのせいだけではない。結局、ヴィルヘルムとは、あの執務室で話して以来、会っていない。彼は一体、誰と踊るのだろうか。その相手はもう決めているのだろうか。

「大丈夫ですか、リラさま?」

 フィーネに声をかけられ顔を上げる。前に一度だけ来たことのある広間の扉の前まで来ていた。今日は、使用人であるフィーネはこれ以上先には共に行けない。

「フィーネ、色々ありがとう」

「なにを仰ってるんですか。いいですか、リラさま。絶対に無理なさらないでくださいね、それだけは約束してください」

 なんだか泣きそうになっているフィーネにリラは軽く微笑む。そして互いに手を握り合った。フィーネの温もりを受けて、リラは前を向いた。
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