祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
 これで、彼の未練は叶ったはずだ。成り行きをじっと見守るリラに、顔を上げた男は真剣な眼差しを向けた。今まで焦点さえ分からなかったのに、それを思わせないほど今は強い意志を宿している。

『私の名はニクラス・バルツァー。君の名は? 次に会ったときに訊こうと思っていたんだ』

 その問いにリラは息を呑んだ。もちろん、彼女の名前をリラは知らないし、自分の名を告げるわけにはいかない。黙ったままでいるリラに男が、ニクラスが詰め寄るようにして、近づいてくる。

『待たせてしまって本当に申し訳なかった。でも、ずっと君のことを考えていた。会いたかったんだ』

 そう言ってニクラスの冷たい腕がリラの腰に回される。まさかの展開にリラは焦り始めた。引っ込んでいた汗が再び噴き出す。

 どこにそんな力があるのか、強引に腕の中に閉じ込められるが、そこに血も通っていなければ、心臓の音も聞こえない。彼が歩く死者であることをありありと痛感する。

「私はっ」

「パウラ・ギーゼン」

 思わずリラが口を開いたとき、どこからともなく声が被せられる。今は音楽が止んでいるからか、外だからか。その声は、はっきりと聞こえた。そして声のした方に顔を向ければ、そこには意外な人物が立っていた。

「陛、下」

 白い礼服を着たヴィルヘルムがバルコニーの入口に立っていた。そして、ゆっくりとリラたちの元に近づいてくる。

「惚れた女なら、間違えないことだな」

 そう言いながら、また一歩距離を縮めたところで、右手を軽く上げた。その手からチェーンに通されたあるものがキラリと光る。それに反応したのはリラよりもニクラスの方が早かった。
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