あなたに捧げる不機嫌な口付け
「私、恭介さんの手が好き」


大きくて骨張る指に指先を絡ませる。


ぴくりと跳ねたけど、引き抜かれはしなかった。


組んだ右手を引き寄せて、目を合わせたまま距離を手繰る。


何度も触れた手のひらの形も温もりも、見なくても探せるくらい、体が覚えている。


「恭介さんの声が好き」


優しい声が好き。

祐里恵って呼ばれるのが好き。

電話越しの確認が好き。

妖しくほどける声音が好き。


「恭介さんとする掛け合いが好き」


お決まり文句も、ただのじゃれ合いも戯れも、何もかもが愛しい。


恭介さんは大人で私は子どもだけど、話が弾まないことも、話が詰まることもなかった。

たとえ沈黙でも心地よくて、優しい日常に夢を見たくなる。


恭介さんの目が好き。

へらりと笑う笑い方だって嫌いじゃない。


「ねえ、恭介さん」


真っ赤な顔で惚けたように私を見る、少し潤んだ焦げ茶色の瞳に、私は心からの微笑みを浮かべた。


「私ね。恭介さんが、好きだよ」


これは嘘じゃない。


嘘じゃないから、ねえ、お願い、今だけ騙されて。
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