あなたに捧げる不機嫌な口付け
「馬鹿……」


くしゃりと髪を乱しているところを見るに、効き目はあったらしい。


「うるさい。本心」

「だからそういうこと言うなってば」


あ、言葉が崩れた。


ほんの少しだけど、いつもより崩れている。


普段の余裕がある恭介さんなら、だからそういうこと言わないでってば、となるはずだ。


小さな気づきに自然と頬が緩む。


恭介さんが言葉を丸く柔らかくするようにしてくれているのに対して、私は別に、無理をさせているとは思っていない。


当然の、ではないけど、ただの優しい気遣いだ。


恭介さんはそういうふうに捉えて欲しがっているし、私もそういうふうに捉えておきたいと思っている。


気遣いなら、お返しはいらないから。


「ゆりえ~……?」

「何」


ふらつく恭介さんの呼びかけに、満足しつつ若干の照れを含んだまま答える。


まだ恥ずかしさは消えてくれなくて、胸の内にじりじりと残っている。


ただいまって言うなんて、私にはハードルが高かった。


「マフィンどうしよう……」

「もうちょっとしたら食べよう」

「うん……そーだね……」


祐里恵はもうほんとにもう、たまに本気出すんだよなぁああ、という恭介さんの小さな呟きが、静かな部屋に落ちた。
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