あなたに捧げる不機嫌な口付け
「祐里恵は俺のこと、好き?」

「……好きか嫌いかで言ったら好き」

「逃げるのはなし。俺のこと好き?」


嫌いじゃないと好きの間には、大きな距離がある。


口にするのは躊躇われるけど、伝わりにくくても、せめてこれくらいは誠実でいよう。


そっと渇く唇を開く。


「…………好き」


絞り出したみたいになってしまったけど、頑張ったのは答え方で伝わったらしい。


恭介さんがふわりと笑った。


「ん。今はそれで充分」


殊更ひょうきんな微笑みを浮かべた恭介さんは、悪戯っぽく囁いた。


「大丈夫。俺しかいらないってすぐに言わせてみせるから」


甘やかな微笑みに、思わず瞬きをする。


「それは楽しみだね」


――恭介さんしかいらない。


今は想像もつかないけど、いつか、そんなことを言ったなら、どんなに楽しいだろう。

そんなことを言う状況は、どんなに面白いだろう。


きっと、ちゃんと素直になれるくらい対等なときだ。

いつか、柵がないときだといいな。


そんなことを言う私は子どもなのか大人なのか、ああでも、何にせよ楽しみだった。


「でしょ?」


頬を緩めると、恭介さんは嬉しそうに笑った。
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