あなたに捧げる不機嫌な口付け

もう、嫌だ。

お菓子を見る度に嬉しそうな笑顔を思い出す。


コーヒーを避けてカフェオレを飲むようになった。


「…………」


諏訪さんがいなくなったら苦しいのなんて、分かっていたことだ。


ただ、約束は守りたかった。

私の矜持は保ちたかった。


別れて諏訪さんの心に残りたいとかではなくて、ただ、嘘を吐かないために。対等でいるために。


そのために。


……私はただの、意地っ張りなのだ。


『祐里恵』


いつかの諏訪さんの声が反響する。低くて甘い声が蘇る。


『祐里恵』


反響する。


諏訪さん。

恭介さん。


私を諏訪さんの声で塞いで。


――恭介さんしか、いらない。


ぼろぼろと声を殺して泣いた。

あの明るい髪が懐かしかった。


諏訪さんと呼ぶのに慣れなくてはと、自分を戒めてから。


……違う。


諏訪さんって呼ぶのに慣れるんじゃなくて。


諏訪さんとは別れたのだ。


会わないんだ。


だからもう名前を呼ぶこともないんだなと、そんなことを思った。
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