あなたに捧げる不機嫌な口付け
「……誰?」

「俺」

「いや誰」


俺って言われても。


わざとじゃなくて、私を祐里恵と呼ぶ人はあの人しかいないけど、あまりに様変わりし過ぎていて、一瞬誰なのか本当に分からなかった。


「何で分かってくれないんだよー……恭介だよ。諏訪恭介」


がくりと肩を落とす、黒髪の人。


そう、黒髪。黒髪だ。


まさかの黒髪なのだ。


……あの髪色、とても綺麗でよく似合ってたのに。どうして黒髪にしたんだろう。


面接とか冠婚葬祭とか、染めないといけないようなことが何かあったのだろうか。


「諏訪さんの顔なんてそんなに見てないし」

「印象薄いって?」

「うん」


がくりと肩を落とす。


髪色で判断していたとは言わないけど、まさか黒髪になっているとは思いもしなかったので。


……でも、諏訪さんがどうして黒髪にしたのか、思い当たる節は一つある。


「…………」


近づいたのに煙草の香りがしなかった。この服は見たことがないから、新しく買ったのかもしれない。

確かに、私は煙草が苦手だと言ったから。


黒髪でもきちんと似合っているあたり嫌な人だ。

黒がいいって言ったわけじゃないんだけどな。


……馬鹿だね、諏訪さん。


――あんな無茶苦茶な条件を、叶えようと言うの。
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