あなたに捧げる不機嫌な口付け
持ち帰る準備をしかけたところに話しかけられて頭がついていかなくて、返事が遅れた。


「大、丈夫」


時間を聞くってことは帰らないのかな、ひょっとして。コートも着ていないし。


鈍い頭のままに視線を向ければ。


「じゃあ、もうちょっとゆっくりしていこう。腹冷えたからホットコーヒー買ってくる」


ゆっくり食べてて。


諏訪さんはそう手短に言い置いて、誘い文句の返事も聞かずにさっさと離れてしまった。

これもらうな、とあいたごみをまとめて捨てながら。


さらわれた容器。

節の高い指。

近すぎるほの甘さ。

彼の左手で潰れるコーヒーカップ。

遠退く足音。


滑らかな革靴の小さな足音が、とんとん、と、すき始めた店舗に響く。


……ああ、そうか。


なんて諏訪さんらしくて捻くれたさりげなさだろうか。


腹冷えた、なんて丸分かりの建前を告げた、背の高い後ろ姿を反芻する。


「……アイス食べるのにアイスコーヒー買うからでしょ、馬鹿」


むすり、大きく口に含んだアイスは溶け始めていたのに、冷たさに当てられてだろうか。


こちらまでお腹を冷やす気がした。
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