あなたに捧げる不機嫌な口付け

ずっと、知ってたんだよ。

「じゃあね」

「うん。また明日」


近所に住む友達と別れて角を曲がると、この間送ってもらったところに諏訪さんがいた。


「は……?」


思わず足が止まる。


「やっほー、祐里恵」


寄りかかっていた塀から体を起こして片手を上げた諏訪さんは、私に気づくとこちらに距離を詰めてきた。


え……いや、やっほー、じゃなくて。

普通に挨拶されたけどおかしいよね。


今日は呼ばれていないし、ましてや来るとも言われていない。


「ちょっと、なんでいるの」


驚きは絞り出した問いかけを少々鋭くした。


「忘れ物を届けに来たんだよ。わざわざ来てもらうのもあれだと思って、近くに来たついでに寄った」


見せられたのはあの日を境になくしたはずのピンで、諏訪さんが流れで髪に手を通したときにでも落ちたんだろう。


はい、とか渡されたら受け取るしかない。


「私が帰って来なかったらどうするつもりだったの」


今日は早く帰宅したからいいものの、いつもはもっと遅く帰ってくることもあるし、第一、道はここ一本じゃない。


会えないかもしれないとは考えているだろうけど、ひたすら待つなんて非効率なことはしないと思うけど、今を何月だと思っている。


こんな寒空の下で長時間突っ立ってたら、いくら防寒したってばっちり風邪を引く。


「まあ、あと三十分もしたら帰ってただろうね」


薄情だとは思わない。正しい判断だ。


ああ、でも。
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