恋になる、その前に
実のところその目は意外と雄弁で、最近ではチラリと感情が零れ出す。

彼女の脆さも、強がりも。

ただ、それを指摘しない賢明さを持ってる俺は、煙草をくわえて口を噤む。

「……高遠さんはヘビースモーカーだよねぇ。そんなだと、残業中に自分の席で吸いたくならない?」
「……皆に睨まれながら吸う意味が分かんねぇですよ」

分煙化が当たり前のオフィス内は、残業中といえども自席での喫煙は認められていない。

そのルールをあえて破ってまで、白い目でみられるのはごめんだ。

「あー、でもそれ、うちの部長に聞かせてやりたい。うちの後輩たちは皆、残業時間になるとUSBで動くミニ空気清浄機つけるのよ? これ見よがしっぽいけど、部長は全然気付いてないし」

「平社員は、敵は少ないほうが過ごしやすいってのが基本なんで。でも、それって主任もやってるんです?」
「さすがに私は出来ないわよ。それに、うちの父も煙草吸ってたからそんな気にならないもの。でもまぁ、ほら、人それぞれだから」

……なるほど。
たしかに彼女は俺がどこで煙草を吸おうが、嫌な顔をしたことはない。

このひとの前の男も煙草を吸っていた、なんていらない情報もついでに思い出してしまったが。

俺は「煙草くさくてすみませんね」と、棒読みのセリフを吐きながら彼女の唇を塞いだ。
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