素直の向こうがわ【after story】
ドアが閉まり、静かになった部屋でぽつんと一人になった。
そして、徹から言われた言葉を何度も思い返す。
『俺と結婚してほしい』
身につまされるほどに真剣な言葉だった。
それを、私は冗談にしてしまおうとした。
ごめん、徹――。
一緒に暮らしながら、徹のいない生活をしていく覚悟が出来なくて、寂しさに耐える自信を持てなくて不安なのだ。
どうしても思い返してしまう過去の自分。
両親と過ごせない時間に傷ついて、いつも一人だった自分に押し潰されて、そして自分に目を向けてくれないと嘆いて壊れてしまいそうになった。
そんな父親に反発して、高校時代、あんな風に投げやりな生活を送ってしまった。
いつか、またその時と同じように徹に反発してしまうのではないか。
徹のいない寂しさから、徹を困らせてしまうのではないかと怖くなるのだ。
徹の足かせになるようなことをしたくない。
私を寂しさから救ってくれた徹を、将来恨むようなことになったら耐えられない。
『自分も誰かを助けることの出来る医者になりたい』
いつか徹が私に教えてくれた将来の夢。
それを心から応援したいと思ってた。
ずっとそんな徹の隣にいたいと。
でも、いざ現実に目を向けると怯んでしまいそうになる意気地のない自分が、たまらなく嫌になる。
いつまで経っても自分を信用できないのだ。そんな自分が情けなくて仕方がない。
26にもなろうと言うのに未だに過去の自分に囚われている自分に、悲しくて虚しくてたまらなくなる。
私は、そんな風に過去の自分にばかり囚われて、大事なことを心の奥底に埋めてしまっていたことに気付けないでいた。
何よりも大切なことで何よりシンプルな感情を。
頭で考えることばかりに躍起になって、その感情をおろそかにしていることにも気付かないで――。