素直の向こうがわ【after story】
徹にプロポーズされた日から、また、お互いに忙しい日々が続いている。
あれから一度も顔を合わせていない。
私も日常業務の他に研究発表の準備があったり、それなりに業務に追われていた。少ない人数で回しているだけに、一人一人の仕事はかなり多い。
そんな忙しさを言い訳に、徹の言葉を深く考えることから逃げていた。
それなのに、徹は毎日変わらずメールをくれる。
でも、「待ってるから」という言葉に甘えていいはずがない。
待たされる方だって辛い。
それに、こんな風に私が煮え切らない間に徹の気持ちも離れて行くかもしれない……。
「はあ……」
「松本さん、さっきから何度目の溜息ですか」
隣に座る後輩の女の子がこちらをじっと見ていた。
「え? 溜息出てた?」
「自分でも気づかないうちに溜息ですか? 彼氏さんと喧嘩でもしたんですか?」
だめだだめだ。社会人としてあるまじきことだ。
プライベートのことを顔に出してしまうなんて。
「ごめんごめん。ちょっと疲れてるだけ。ほら、これ片づけちゃおう」
目の前の書類の山に手を付ける。
ちゃんとしないと。
一度背筋を伸ばしてパソコンのキーボードに手を置いた。
「そう言えば、松本さん聞きました? 今日、ちょっとした事件があったみたいで。看護師の友達に聞いたんですけど……」
昼食の後ということもあって、仕入れて来た病院内のいろんな噂や出来事を教えてくれようとしているのだろう。
こちらが完全に仕事モードになっているのにまだ私語をしようとする後輩をけん制しようとしたけれど、次の言葉で私の手は止まった。
「研修医の一人が階段から落ちて大怪我を負ったらしいんです。患者さんが階段で足を滑らせたところにちょうどいて、咄嗟に庇って落ちちゃったみたいで」
「……え?」