素直の向こうがわ【after story】
「で、最近どうしたんだよ」
誰か男性の声がした。
立ち聞きなんて趣味が悪いとは思いつつも、足が動かない。
「どうって?」
「ここのとこ、少し一息つく時間があれば、ずっと考え込むような顔してただろ?」
この声、どこかで聞いたことがある。
「そうか? 俺はそんなつもりはないけど」
「今回転んだのだって、ぼやっとしてたんじゃないのか?」
思い出した。徹の医大時代からの友人だ。
「そんなんじゃないよ。おまえに心配されるほど、思い詰めてるように見えたのか?」
「ああ。明らかにここ最近のおまえはいつもと違う」
私はその徹の友人の言葉に、思わず身体に力が入った。
「何か仕事に支障でも出てたか? そうだったら、俺は社会人として一番ダメなことしてるだろ」
「バカ。おまえはそんなことはしないよ。仕事は完璧にやってる。ただいったん仕事から離れると元気なさそうだったからさ。何かあったのかと思って」
その問いの答えを聞くのが無意識のうちに怖くなる。
さっき見た徹はいたって元気そうだった。
私には見せないようにしている姿があるということに、胸の奥がざわざわとした。
「別に……」
その沈黙が徹の心情を表しているようだった。
「まあ、言いたくないならいいけど。でも、一人で考え込んでいるより言っちまった方がラクになれるかもよ?」
「なんで、俺が何かあったこと前提の話しぶりになってんだよ。って、ホント、おまえには全然隠せてないんだな。情けない……」
力ない徹の笑い声が胸に響く。
「そうだよ。もう6年も一緒にいるんだ。他の奴らが気付かなくても俺には分かるんだよ。ほら、聞いてやるから言ってみろ」
ふっと徹が息を吐いたのが分かる。
そして、呟くように少しずつ話し出した。
「そうだな……。最近の俺は、仕事もプライベートも、勝手に思いあがっていたみたいだ」
徹の言葉に、さらに胸が軋んだ。
プライベートって、それは――。