騎士団長殿下の愛した花

フェリチタは部屋を飛び出した。

それでも、と。

(一度絶望を知ることができたから、私はやっと自分の力で動こうと思えた。やっと自分の足で地を踏める)

突っ掛けていたスリッパは煩わしいだけ。逸る手で脱ぎ散らかすと裸足のまま走り出す。

(そこの角を右、次も右、階段を上って左)

『思い出』を頼りに一心不乱に目指すのは。

驚いたように行く手を遮る兵士を強引に振りほどいて扉を押し開けて部屋に無理矢理滑り込んだ。

「レイ!」

自分の名前が呼ばれた事、そして来た事のないはずの自分の部屋にフェリチタが1人で訪れた事に目を丸くするレイオウル。

「フェリチタ?どうしてここに……」

「“来たことあるでしょ”?」

レイオウルは困惑を顔に浮かべる。それを見てフェリチタは自分の頭が瞬時に冷えきっていくのを感じた。

(そうだ、思い出したのは私だけなんだ……)

ぼうっと彼女を見つめていたレイオウルは、はたと何かに気づいた様子で動きを止めると恐る恐るといった口調で呟いた。

「……ねえ、フェリチタ……耳……は?」

「知りたいなら、教えてあげる」

「……」

何気無いふりをしたフェリチタの言葉に、僅かに躊躇ってから青年は首を振る。

「……いや、いいよ。どうあってもお前がフェリチタであることには変わりないんだから、ね……」

明らかにおかしい出来事のはずなのにそれから無理矢理に目を逸らそうとするのは、もしかするとさっきまでのフェリチタと同じ理由なのかもしれない。

(無意識に、思い出したくない、から?)
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