騎士団長殿下の愛した花
「この、白詰草───トリフォリウム・レペンスの花言葉は」
「花言葉は……私を、忘れないで。そう、気づいてくれたんだ……そっ、かぁ……」
フェリチタは外套留めをそっと指の腹で撫でた。刻を止められた白い花は、もう会えないかもしれないと覚悟したあの時と同じ顔をしたままこちらを見つめ返している。
「……私、絶対忘れてると思った。もう、誰の中にも、レイの中にも、私はいないんだ、ってずっと思ってたの。本当についさっきまで。だから……」
もう一度そっと撫でると、ぽろっ、と目の端から一粒涙が零れた。頬を滑り落ちて、その軌跡が燃えるような熱を持った。
「……ねえ、フェリチタ」
「ん、なに?」
目を瞬(しばた)いて涙を誤魔化したフェリチタが首を傾げる。
レイオウルは彼女の手をとると、手の甲に唇を当てた。そのまま上目遣いにフェリチタの瞳を見つめる、その目つきの色っぽさに思わず息を呑む。
「フェリチタ=クリンベリルになる気は、無い?」
「…………え……え?」
大きく蒼の眼を見開くフェリチタにレイオウルは手を握って微笑んだ。
「僕の妻になって欲しい」
「……っ、うん……」
涙で視界がぼやけた。零れないようにまた必死に瞬きをする。
「僕には……もう戦う為の右手は無くなってしまったけど、この残った左手でお前を守らせて欲しい。この腕でお前を抱きしめさせて欲しいんだ」
「……え!?」
それを聞いてフェリチタは途端に血相を変えた。素早くレイオウルの外套を開(はだ)けさせる。
「やっぱりおかしいと思った……!頑なに左手しか外套から出さないし使わないから……!」
戦場で喪ったのだと悟ったのだろう。萎んだ右手側の袖を見て声を震わせる。そして、レイオウルの大きな体に両腕を回してぎゅうっと抱きしめた。
「……いいよ、きみが両腕で私を抱きしめられないなら、私が強く強く抱きしめてあげるから……だから何にも問題無い。それに私は守られなきゃいけないほど弱くないよ?」
「はは……よく言うね、泣き虫のくせに」
「泣き虫じゃな……んっ!」
レイオウルがフェリチタの目元にキスをした。どうやら泣いていたのはバレていたらしい。
「そういう所が、どうしようもなく愛しいんだ」
レイオウルはふっと唇を緩めて目尻に皺を寄せた。
「色々疑問に思ってる所もあると思うから、着くまでこの4年間の話をするよ───」