騎士団長殿下の愛した花
「……いえ、ありがとうございます」
殺したっておかしくなかった。自分たちの仲間が先に傷つけられたのだ。それなのに、あの状況でひとりも死人を出さなかったなんて、人間の騎士たちはよほど敵を無駄に殺傷しないように気を遣っていたのだろう。そう理解したフェリチタはそっと頭を下げた。
「……貴方は不思議な方ですね。失礼ながら本当に森人なのですか?と訊ねたくなるほどです。冷静を保ち、理路整然と物事を考える。どちらかと言えば人間に近い性格のように思われます」
失礼ながら、とは言っているが貶しているというよりはむしろ褒められているようだ。フェリチタも少しばかり茶目っ気を込めて口の端を緩めた。
「ドルステ様も、話されると印象が変わりますね。もっとフランクな感じの方かと思ったのに。……よろしければお名前を改めてお聞きしても?」
ドルステは目を瞬かせて、そういえば名乗っていませんでした、と栗色の癖っ毛頭をかく。
「真面目に話そうと思えば話せるんです。まあお察しの通り、あまり得意ではありませんけど。
ええと、ドルステ=クルーデンス、歳は21です。あと様とかやめてくださいね、ただの騎士団員ですから。ドルステとお呼びください。敬語も抜きで」
「呼び捨て、敬語抜き……善処はします……」
残念そうな顔をして暫くフェリチタを見つめていた彼が不意にぽんと手を打った。
「あ、そうです。私の持っている物でよろしければ水飲まれてください。さっきの惨状から察するに、結局飲まれてないんでしょう?」
ドルステはそう言うと止める間もなく侍女に声をかけて新しいグラスをフェリチタに差し出した。