騎士団長殿下の愛した花

野太い男達の歓声で溢れる闘技場(コロッセウム)に辿り着く。観客席の石造りの手摺りに飛びついて下を見下ろすと、広い闘技場の真ん中に2人の男が剣を構えて向き合っているのが見えた。

「決闘って、言っても……死なないよね?」

「もちろんです。使うのは刃を潰した模擬戦用の剣ですし、初撃決着でございますから。先に当てた方の勝ちになります」

「決闘は申し込まれたら断れないの?」

強制でないのなら、決闘なんてしない方がいいに決まっている。刃を潰していたって、危ないものは危ないし、怪我だってするかもしれない。

その懸念から尋ねたフェリチタに答えたのは聞き覚えのある声だった。

「断れますよ。まあ、暫く仲間内で『腰抜け』とか何とか呼ばれるかも知れませんけどねえ」

はっと顔を上げる。こんにちは、と笑うのは栗色の髪を揺らす快活そうな青年。フェリチタの横に立って軽く頭を下げた。

「ドルステさん!」

「お久しぶりです、フェリチタ様」

決闘の審判の、はじめ!という声が場内に響いた。一際大きく湧き上がる歓声。思わず下に逸れたフェリチタの視線をドルステの落ちついた声が引き戻した。

「殿下は、今まで決闘を受けたことが無かったんです。騎士団長ですから腕試しにと申し込んでくる者はなかなかに多かったんですけど、正直殿下が強過ぎて勝負になりませんし。
しかし、今回は受けました。それはどうしてか……フェリチタ様はわかりますか?」

レイオウルという人物を知ってしまったから、理由は簡単に想像できてしまった。けれど、それを言うのは酷い自惚れな気がして、フェリチタは口を開けなかった。

彼女の固い顔を見て、それを解すようにドルステはふっと柔らかく微笑んだ。

「そう、聡明な貴方ならおわかりですよね。フェリチタ様、他ならぬ貴方のためです。シャノット家は殿下のことは勿論、自業自得とは言え貴方のことも恨んでいるはずですから。ここで禍根を断ち切っておく、とまではいかなくても勝敗を明確にさせておけば、貴方に降りかかる火の粉は少しばかり減るでしょう」

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