エリート外科医の一途な求愛
教授は私に、各務先生との間で平行線が続く話を教えてくれた。
本当は、各務先生がこの医局に入局する前から、再びアメリカに戻ることは決まっていたそうだ。
受け入れ態勢も整っていたのに、各務先生はアメリカに戻ることに躊躇いを見せるようになった。
この間、ブラウン博士が来日したのは、各務先生を説得する目的もあった。


博士は『友人』の各務先生の意向を聞いて、アメリカに連れ戻すのを諦めたそうだ。
でも今この状況で、東都大学医学部心臓外科医局にとっても、日本の医学界にとっても、各務先生が日本に留まっているのは好ましい状況にはない。


確実に日本の医学界を背負って立つドクターが、一番大事な時期に日本で燻っていたら、この先救うことの出来る命を、どれだけ看取っていかなければいけなくなるんだろう。


患者さんの命を繋ぐ神の手を、日本も世界も手放さない。
それは各務先生もわかってるはずなのに。


『たくさんの命よりも大事にしたい人がいる。そう言われてしまっては、無理強いも出来ないんだよ。私も各務君の上司として、彼個人の幸せを奪うことは出来ない』


いつも朗らかな教授のあんな苦悩に満ちた顔、私は初めて見た。
私のせいで、救える命を葬ることになる。
そう言われてるみたいで、教授の前に立っている自分の存在にすら罪悪感を覚えた。
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